Zero-Alpha/永澤 護のブログ

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PM

明野・鳥1


2004.8
エコロジカル・システム・アプローチを基盤としたPsychosocial Model
の枠組みによる事例アセスメント

はじめにーアセスメントの枠組みとしての実践モデルと主要概念について
 以下に行うアセスメント(社会診断)においては、事例1を選択する。また、ア
セスメントの枠組みとなる実践モデルとして、Psychosocial Modelを使用する。
本論では、実践モデルの基盤として、エコロジカル・システム・アプローチを採用
した上で、エコロジカル・システム・アプローチを基盤としたPsychosocial Model
の枠組みによるアセスメントを行う。本論では、エコロジカル・システム・アプ
ローチを基盤としたPsychosocial Modelの枠組みによるアセスメントの主要概念
を、『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチー』において
示されたアセスメントの定義を参照して、以下のように構成する。(注1) 
(1)クライエントの持っている問題の属性(成長過程のニーズ、生活転換期に伴う
ストレッサーとその適応には何を必要としているかの情報を含む)
(2)クライエント(と家族メンバー)の問題対処能力(パーソナリティーの長所、
限界、欠損などを含む)
(3)クライエントの問題に関連している諸システム及びそれとクライエントとの
相互作用の資質
(4)問題解決または軽減に必要な資源
(5)クライエントの問題解決への意欲
以上の枠組みと概念のもとで、本事例のアセスメントを行うことにしたい。
Psychosocial Modelの枠組みによる本事例のアセスメント
(1) クライエントの持っている問題の属性
本論では、「クライエント」として、山田一男を選択する。すなわち、本論では、
山田一男(以下「クライエント」)を、本事例においてアセスメント(社会診断)
し介入すべき主たる対象であるとする。クライエントは、48歳男性であり、「最近
まで過去25年間勤務した中堅保険会社の部長補佐だった」が、突然「リストラの
通告を受けることになった」。本事例の記述によれば、クライエントにとって、こ
のリストラの通告によって「自分の社会的アイデンティティを失うこと(中略)が
最も苦痛なことであった」。本事例におけるクライエント主要問題は、リストラの
通告というトラウマ的な出来事に遭遇することから生じたこの「自分の社会的ア
イデンティティの喪失」という事態そのものであり、本事例に記述されているク
ライエントの様々な問題は、すべてこの根底に存する問題から派生したものであ
るといえる。このように、本事例においてクライエントが持っている「自分の社
会的アイデンティティの喪失」という「問題の属性」はとりわけ心理社会的なも
のであるといえる。
次に、クライエントの「成長過程のニーズ、生活転換期に伴うストレッサーと
その適応には何を必要としているか」について論じる。クライエントの年齢は48
際であり、リストラされるまでの勤続期間は25年間である。従って、クライエン
トは、大学等の高等教育機関卒業後唯一の職場として、リストラ通告を受けた会
社に「今まで週末日までも返上し献身的に働いてきた」ことになる。それだけに
「会社の自分に対する裏切り行為」が、クライエントにとっては「苦痛に感じた
こと」となり、強度の心理社会的ストレスになったといえる。このことは、これ
までクライエントが適応してきた唯一の社会的な場が失われたことを意味する。
このように、リストラという「生活転換」に伴う「ストレッサー」は、自己がそ
こで適応可能な社会的場の喪失というシステム論的な意味での「社会的アイデン
ティティの喪失」であり、クライエントの「成長過程のニーズ」または「ストレ
ッサーの適応には何を必要としているか」という問いに対する答は、こうした状
況に対応できる適応能力を獲得するために必要なエンパワメントとしての心理社
会的支援であるといえる。
(2)クライエント(と家族メンバー)の問題対処能力
 現時点では、クライエントは、問題解決に必要とされる対処能力を十分に持ち合
わせていなかったといえる。そのように診断できる主たる要因としての心理的あ
るいは精神保健的状態に関しては、「焦燥感と恐怖感にちかい不安感の増大」、「不
眠」、「自分自身に対する嫌悪感と自信喪失による苦悩」、「食欲減退」、「希死念
慮」(「このまま死んでしまったほうがよいのではないか」)といった典型的な抑
うつ症状が見られ、さらには現時点ですでに「うつ病」を発症している可能性が
非常に高い。また、とくに「自分の周りで楽しそうに会話をしている人々も、周
りの騒音もなにか自分の意識の外で起っているように感じられるようになってき
た」という状態は、突然のリストラという外傷体験がもたらした解離症状であり、
この時点でクライエントが「うつ状態」(または「うつ病」)のみならず、「急性ス
トレス障害(Acute Stress Disorder)」に陥っている可能性も完全には排除できな
い。(注2) 
 また、家族メンバー(妻子)の問題対処能力に関しては、クライエントのリスト
ラの告知に対して「妻子は驚愕と将来に対する不安感が混じった強い反応を示し
た(中略)この夜家族は沈黙のうちに夕食をすますことをした」こと、また「以前
からあまり夫婦間で率直に自分の感情を打ち開けることをしなかった理由によっ
て、正直に自分の気持ちを妻に打ち明けることができなかった」ことが注目され
る。後に(3)でも述べるように、問題に対処する際に要求される(お互いに励まし
合うなどの)コミュニケーションが日頃から十分に行われていたとは言い難いと
いえる。この点から見ても、家族メンバーの問題対処能力は低い。このように、ク
ライエントとその家族のパーソナリティーに関しては、率直な対話的姿勢に不足
するといえる。
(3)クライエントの問題に関連している諸システム及びそれとクライエントと
の相互作用の資質
クライエントの問題に関連している主なシステムとして、1.妻子、2.職場環境
としての会社、3.大学時代の友人を挙げることができる。これらシステムとクラ
イエントとの相互作用の資質に関しては、上記(2)でも述べたように、1について
は、クライエントとのコミュニケーションまたは対話が自己防衛的であり不十分
であった。そのためクライエントの外傷体験に対して、心理社会的な安全感が十
分に供給されなかった。このことがクライエントの喪失感を強化し、うつ状態(ま
たは「うつ病」)をもたらしたと考えられる。とくに夫婦間のコミュニケーション
のあり方に関しては、既述のように「以前からあまり夫婦間で率直に自分の感情
を打ち開けることをしなかった」という自覚があるにもかかわらず、「互いに以前
と同じような形の関係を保つ努力をしていた」とある。このように、お互いに開
放的な態度になってこれまでの希薄なコミュニケーションのあり方を変えていこ
うという意思が発動していないことがシステムの機能不全につながっている。
2に関しては、クライエントは、会社に対してこれまで一貫して心理社会的両面
において従属的であり、その関係性は柔軟さや多様性に欠くものであった。クラ
イエントは、これまで会社以外の「社会的な場」を知らなかったといえよう。こう
したシステムとの相互作用の資質によって、リストラによる「社会的アイデンテ
ィティの喪失」がクライエントにとっての強度のストレスにつながっている。
3の大学時代の友人は、クライエントにとっての現時点での唯一の有効な社会
的資源または有効な社会的支援への仲介者であるといえる。現状でまず何よりも
クライエントにとって必要なことは、「自由に(中略)自分の状況の一部始終を打
ち明け」、信頼できる他者がその「話をよく聴いてくれる」という経験であるが、
3とクライエントとの相互作用の資質はまさにそのような経験をもたらすもので
あったといえる。また、クライエントのうつ状態(または「うつ病」)の治療が早
期に必要であるが、3との相互作用の結果、適切な臨床ソーシャルワーカーのX氏
がクライエントに紹介され、クライエントがX氏にコンタクトを取るに到ったこ
とからも相互作用の資質がきわめて良質なものであったといえる。
(4)問題解決または軽減に必要な資源
本事例では、一次的な支援として、「社会的アイデンティティの喪失」がクライ
エントにもたらした強度のストレスによるうつ状態(または「うつ病」)を治療す
ることが必要であり、その後クライエントの精神状態・意欲が社会復帰に向かうま
でに改善してから再就労といった社会的適応を促す支援を行うことが望ましい。
そこで、上記(3)で述べた臨床ソーシャルワーカーのX氏によるカウンセリングが
必要になる。また、症状の程度が比較的重く、カウンセリングのみでは回復が十
分ではない場合には、カウンセリングと並行して、リストラや燃え尽き等により適
応障害やうつ状態(または「うつ病」)に陥った人々によるセルフヘルプグループ
に参加することも必要な資源となる。(注3) 治療の予後が良好であった場合の二
次的支援としては、クライエントの適性に応じた再就労に関する情報の提供が必
要である。再就労に関しては、これまでとはかなり異なる職種がターゲットになる
可能性が高いので、理想的には、NPO等が運営する、一対一で再就労を支援する社
会復帰コーディネーターやジョブコーチによる支援が望ましい。
(5)クライエントの問題解決への意欲
 リストラから数日後には職探しをしているが、うつ症状の悪化が進行しており、
上述の大学時代の友人に偶然出会うまでは問題解決の意欲はほぼ完全に消失しか
かっていたと考えられる。しかし、友人に出会い支援を受けてからは自発的に臨
床ソーシャルワーカーにアポイントメントをとるなど問題解決への意欲はかなり
回復している。クライエントが意欲を失っていたのは、自己・他者・社会に対する
基本的信頼が崩れてしまったことによるところが大きい。従って、クライエントが
このような状態から脱却し意欲を取り戻せたのは、上記の「信頼できる他者との
出会い」という経験によるといえるだろう。
【注】
(注1) 『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチ』 
平山 尚他著 ミネルヴァ書房 1998.p.38-39. なお、本事例において、エコロ
ジカル・システム・アプローチを基盤としたPsychosocial Model及び
Task-centered modelによってアセスメント(社会診断)し介入すべき主たる
対象を「クライエント」と呼ぶ。
(注2) 但し、DSM-4以降の診断基準に従えば、第1軸の「A・患者は、以下の2つ
がともに認められる外傷的な出来事に暴露されたことがある
(1)実際にまたは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を、1度または数度、
または自分または他人の身体の保全に迫る危険を、患者が体験し、目撃し、ま
たは直面した
(2)患者の反応は強い恐怖、無力感または戦慄に関するものである」を満たす
ことが必要になる。また、後に言及する大学時代の友人との出会いによってかな
り意欲が回復したことから、本事例は該当例とはならない可能性も高い。だが、
厳密にこの基準を満たすかどうかとは別に、この時点でクライエントが外傷体験
に起因する「急性のストレス障害」を示していることは間違いない。
(注3) 既述のように、クライエントの意欲の回復にとって最も効果的であったの
は、大学時代の友人に自由に自分の状況の一部始終を打ち明けることができ、友人
がその話をよく聴いてくれたという経験である。それが可能になったのも、「この
友人も3年前にリストラにあって」おり、クライエントが「自分の今の境遇に似
通っていることもあってこの友人には自由に話す気に」なったからである。すな
わち、この友人とクライエントの関係がセルフヘルプグループ機能を持ったとい
える。この事例においても、セルフヘルプグループの社会資源としての有効性が、
間接的な形ではあるが示されているといえる。

【主要参考文献】
『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチ』 
平山尚他著 ミネルヴァ書房
『ソーシャル・ケースワーク論 社会福祉実践の基礎』 大塚達雄他編著 
ミネルヴァ書房 2000年
『ソーシャルワーク・アセスメント 利用者の理解と問題の把握』
J.ミルナー/P.オバーン著 ミネルヴァ書房 2001年
『社会福祉援助技術とは何か』一番ヶ瀬康子監修 藤淑子著 1999年
『社会福祉援助技術入門―私たちの暮らしと社会福祉』北川清一監修・編著
中央法規1999年
『エコロジカルソーシャルワーク』カレル・ジャーメイン他著 学苑社1992年
『課題中心ケースワーク』W.ライド/Lエプスタイン著 誠信書房 1979年
『家族と家族療法』サルバドール・ミニューチン著 誠信書房 1983年
『課題中心ソーシャルワーク』マーク・ドエル/ピーター・マーシュ著
中央法規2002年
『ソーシャルワーク倫理ハンドブック』日本ソーシャルワーク協会著
中央法規1999年
『ソーシャル・ケースワークー問題解決の過程』H.H.パールマン著
全国社会福祉協議会 1967年
『対人援助の技法―「曖昧さ」から「柔軟さ・自在さ」へ』 尾崎新著
誠信書房 1998年
『ケースワークの臨床技法 「援助関係」と「逆転移関係」の活用』
尾崎新著 誠信書房1997年
『社会福祉士実践事例集』日本社会福祉士会編 2000年
『ジェネラリスト・ソーシャルワーク研究』佐藤豊道著 川島書店 2001年
『医療ソーシャルワーク実践マニュアル』佐々木康生編著 日本エデユケイショ
ンセンター1998年
『精神障害者のためのケースマネジメント』チャールズ.A.ラップ著
金剛出版1999年
『ケースワークの原則(新訳版)―援助関係を形成する技法―』
F.P.バイステック著 誠信書房1996年
『ケースワーク教室』仲村優一著 有斐閣 1985年
『リバーマン 実践的精神科リハビリテーション』R.P.リバーマン著 
創造出版1999年
『ライフサイクル その完結』E.H.エリクソン/J.M.エリクソン著
みすず書房2002年
『精神の生態学(改訂第二版)』グレゴリー・ベイトソン著 新思索社 2000年
『追補 精神科診断面接のコツ』神田橋條冶著 岩崎学術出版 1995年
『精神療法のコツ』神田橋條冶著 岩崎学術出版 1990年
『援助者のためのアルコール・薬物依存症Q&A』吉岡隆編 中央法規出版 1997年
『「家族」という名の孤独』斉藤学著 講談社 2001年
『対象喪失―悲しむということ』小此木啓吾著 中央公論新社 1979年
『心の臨床家のための必携精神医学ハンドブック』
小此木啓吾他編著 創元社 1998年
『新版 精神医学事典』加藤正明他編 弘文堂 1993年
『DSM-4-TR精神疾患の分類と診断の手引』アメリカ精神医学会
医学書院 2003年
「新しいソーシャルワークの考え方―Evidence based practice(EBP)」平山尚
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William J.Reid & Anne E.Fortune.The Task-Centered Model In A.Roberts
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「危機介入の評価」伊藤弘人 『精神医学』Vol.46.No.6.2004.


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